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中国・西安 2010.4.13~4.17

 紀元前から秦や漢、隋、唐の都として栄え又ローマまで続くシルクロードの出発地である長安、現在の西安に行ってきました。

 中国と言うと、かつては道路に自転車があふれているという印象だったが、現在は自転車の数は少なく、日本のほうがその数が多いように思われた。バイク、自動車の社会になっていてガイドの話では1日に300台自動車が増えているそうだ。中国では、インフラの整備が現在盛んだと聞いているが、西安でも地下鉄の工事をしていた。また、ビルやマンションの工事が盛んに行われていた。

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4月13日(火)曇後雨

 成田を15時15分発の飛行機で北京へ。離陸後しばらくして機内食が出た。昼食を食べたのが遅かったので、お腹があまり好いていなくて、ちょっと苦しかった。北京では、入国審査で時間がかかり又若干のトラブルがあって、西安に行く飛行機への乗り継ぎがかなり忙しかった。西安で今日から5日間我々を案内してくれるガイドの出迎えを受け、バスでホテルに向かう。ホテルに着いたのは午後12時近くになり、風呂に入って客室内の冷蔵庫内のハイネケンを飲んでその日は就寝。

4月14日(水)曇

 朝起きて窓の外を見て、びっくり。昨晩の雨が夜半には雪になったようで、外はImg_06630018 雪景色。この時期に雪が降るのは西安でも珍しいことのようだ。

 今日、最初に訪ねたのは陝西省歴史博物館。庭には雪が残っている。ここは北京の故宮に次ぐ、中国第2の規模の博物館だそうだ。周、秦、漢、唐などの時代の多くの遺物が、時代ごとに展示されている。金や銀を使ったものがあったが、中国では金や銀の鉱石が採れる(採れた)のだろうか。また、それを精錬する技術が紀元前の時代にあったことに驚かされる。

 昼食後は西安美術博物館へ。ここには水墨画やヒスイやメノウなどを加工した美術品が展示されているが、最後は中国特有の博物館商法。ヒスイやメノウの美術品が4個で30万円ということだった。やっと解放されて、青龍寺へ。ここは空海が学んだImg_06780019_2 寺ということで、空海記念碑が建てられていた。四国88ヶ寺めぐりの第0番札所のスタンプを押してくれる。寺の庭には桜やボタンの花が咲いていた。ボタンは西安の市の花になっているそうだ。その後城壁に南門から登って周辺を散策し、さらに城内に入って住民に時刻を知らせていた鐘楼、鼓楼そしてその周囲にある広場を散策していったんホテルへ。今日の夕食は、刀削麺料理。夕食後ライトアップされた大雁塔を北広場から眺めた。

4月15日(木)晴

 前日と変わって、暖かくなりそう。天気は晴れてはいるのだが、靄っているのDscn31920002か、空気が汚れているのか、遠くが霞んでいる。今日は今回のツアーのメイン、兵馬傭 坑博物館の見学。ホテルからバスに乗って1時間ほどで到着。駐車場から博物館の入り口までは距離があるということで、1人5元也のカートに乗る。ここは、秦の始皇帝陵に隣接した果樹園で井戸を掘っていた農民が1974年に偶然掘り当てたものだそうだ。掘り当てた農民は、当初は鬼の像だと思ってかなり驚いたということだ。その後の調査で、地下に眠る皇帝を守るための大部隊の埴輪と分かり、大きな考古学上の発見となったということだ。写真等で見たことのある、実物大の兵士や馬の像を生で見るのはかなり圧巻だった。発見された当時は殆ど壊れていたものを修復して展示しているということで、修復には一体あたり2カ月ほどかかるということだった。青銅製の車馬が2体展示されていたが、そのうちの1体は本物だが、1体はレプリカで本物は海外に行っているということだった。この時代にここまで銅の精錬技術があったのかと驚かされる。

次は秦の始皇帝陵へ。皇帝になってから自分の陵を造り始め、数十年をかけたということだ。地下には壮大な宮殿が造られているということだが、発掘はされておらず、その全貌は現在も明らかではないということだった。小山になっていて、階段が付けられており、そこを頂上まで上がった。頂上からの展望を期待したのだが、靄がかかっていたことと、周囲を木で囲まれていてあまり良い眺めは得られなかった。

昼食後、華清池へ。ここは秦の時代からの温泉地で貼ってあった分析表を見ると温Dscn32180003 度が43℃と書かれていた。ポンプで汲みあげている様子はなく、自噴しているようだ。唐代の中期に、玄宗皇帝と楊貴妃が暮らしていた場所だそうで、2人が入浴した浴槽があった。驚いたのは、楊貴妃のヌードの像が建てられていたこと。そして、秦の始皇帝の陵でもそうだったが、小学校の遠足だろうか子どもたちがたくさんいて、そのヌードの像の周りにも子どもたちがたくさんいたことだった。

西安の市街地に戻り、慈恩寺へ。この寺の境内にある大雁塔は三蔵法師がインドから持ってきた仏教経典を納めるために建てられた。三蔵法師はこの寺の初代の管主(という言い方で良かったかな)だそうだ。塔は現在、地盤沈下により東に傾き、その後あった地震で少し元に戻ったそうだが、それでも今も傾いているということだ。ここでのガイドさんの案内「世界でこの大雁塔以外に傾いている『とう』は、イタリアのピサの斜塔と日本の自民とう」だそうだ。塔は7層になっていて、一番上からは西安の市内の眺めがよいということでDscn32300004 、30元を払って登ってみた。天気が良くてそこそこの展望はあったが、やはり靄(スモッグ?)がかかっていて遠くまで望むことはできなかった。現在の管主さんは書の大家だそうで、最後に入った部屋にはその作品が展示されていて、ここでも営業活動が始まってしまった。しばらく我慢の時間を過ごしてから、やっと解放されてバスに戻って今日の観光は終わり。

今日の夕食は西安名物の餃子宴。豚肉や牛肉、カエルの肉、ニンジン、カレー味などの何種類かの餃子が出たが、食べ慣れている日本の餃子のほうがおいしく感じられた。

4月16日(金)晴

 明日は帰るだけなので、今日が今回のツアーの実質的な最終日。まず、宝石類の鑑定をしている、国の試験場へ。ここで鑑定をし、鑑定書の発行をしているそうだ。鑑定の方法等の説明を受け、最後の部屋に入るとここでもやはり、商売が始まってしまった。中国は国の機関が商売をしないといけないほど、財政がそんなに大変なのかな。

 城壁の南門の近くにある書院門の付近は、市場になっているようで色々な物を売る露店がたくさん並んでいた。旅のしおりでは「書院門古文化散策」となっていた。確かに書や画、玉石の美術品などを売るお店があった。一昨日城壁から下に見えたところのようだ。しばらく散策した後、昼食へ。

今日の昼食はお肉がたっぷりの火鍋料理。塩や醤油、香油、ネギなどで好みでたれを作り肉、野菜、うどんなどを鍋に入れて食べるもの。結構おいしかった。

午後からは自由行動。いったんホテルに戻り、城壁を一周ウオーキングすること にした。GBによると城壁は高さが12m、周囲が約12km、幅は12~14mと書かれている。ホテルは南門のすぐ近くなので、とりあえず南門に向かったのだが、これが今回のツアーの一番の難関。片側3車線ほどの車道を2回渡らないといけないのだが、信号がなく、すごいスピードで走っている車の間を縫って渡らないといけない。横断歩道上に歩行者がいても車は停まることはなく、スピードを緩める気配もない。地元の人達は器用に車の間を縫っていく。躊躇していると永久に渡れそうもないので、思い切って歩道を離れて横断歩道に入る。恐怖と闘いなDscn32860013がらやっと渡り南門に着いた。南門には永寧門と書かれていた。40元を払って、城壁に上がる。カートや貸自転車があった。自転車は20元で、200元の保証金が必要ということだった。南門から少し行って下を見下ろすと、先ほど散策した書院門からの市場が見える。城壁の外側は公園になっていて、遊歩道がある。やはり一周できるのだろうか。両側の下の様子を眺めながら、ゆっくりと歩く。40分ほどで東側の壁との角に着いた。さらに少し行くと東門に着く。一周歩く人は少ないのか、門の周囲は賑やかだが、門から離れると静かになる。時折反対から来るカートや自転車にあったり、追い越Dscn32690008 されたりする。北東の角からしばらく行くと西安の駅が見えるようになる。電車の乗客なのか、駅前には大勢の人がいた。南側の壁がメインなのか、結構目に着いた標識がこちら側では見られない。と思っていたら、大きな派手派手の人形が何体かしばらく並べられていた。中国の特有の像やトーテムポールもあった。中国銀行の名Dscn32750009 前が書かれた看板があったのでスポンサーになっているようだ。中にはライトが入っているようで、夜には明るくきれいになるのだろう。北西の角の壁内に、屋根をちょうど金色に塗っているお寺があった。地図によると広仁寺で、ラマ教のお寺のようだ。壁の外にはDscn32830012 大きな建物が見られるが、壁の中では見られない。規制をしているのだろうか。それでも、古い建物を壊して新たに建築している様子も見られた。西門(安定門)に着く。ここがシルクロードの出発点。西の方向に行っている道路が今のシルクロードなのだろうか。今は車がいっぱい走っている。南側の壁に戻ると他では見られなかった、標識が目に着くようになり、やがて出発点の南門に戻った。約3時間半ほどのウオーキングだった。恐怖の車道横断を再び体験して、ホテルに戻る。

今日の夕食はホテル内で、楊貴妃宴。いつもの回転テーブルに乗った料理を自分たちで取るのと違い、1人分ずつ皿に盛りつけられた料理が出てくる。楊貴妃さんは毎日こんなご馳走をこんな量、食べていたのだろうか。コースの半分位でかなり満腹感が感じられてきた。偶になら良いが毎日では、あまり健康にはよくなさそう。

4月17日(土)晴

 いよいよ、日本に帰る日。朝6時10分頃にホテルを出る。朝食はお弁当。北京まで国内便で行き、乗り継いで成田に向かう便に乗る。成田へは乗客が少ないためか、座席が両側に3列ずつだけの小さな飛行機。それでも空席がいくつかあった。通路の反対側の席に座っていた、アメリカ人と思われる若者はかなり窮屈そう。駿河湾の上空と思われるところから富士山がきれいに見えた。

Dscn32780010 城壁の西門。シルクロードへの出発点です。

Dscn32620007 ビル(マンション)の工事を何か所かでやっていました。

Img_06840021 桜が咲いていました。

Img_06790020 槐(えんじゅ)西安の市の木だそうです。

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