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ネパールからのたより 10-2-7

ネパールからのたよりです。今年は11月7日がネパール暦・1131年の元日だそうです。

今年は11/7がネパール暦1131年の元日でした。
私の暮らすネワール社会は今もこの暦に従っています。(国の暦はビクラム暦で、4月半ばに新年を迎えます。)
その日に向けて、前日から路地に旗が張り巡らされ、当日の朝には地区ごとに道にマンダラが描かれてオイルランプに火が灯され、ラリーの通路には水瓶に花が挿されてお化粧されたりして、その道を民族衣装に身を包んだ、楽隊、子どもたち、ご婦人たちが長い行列を作って、新年を祝うパレードを繰り広げます。
今年は、その日がネワール社会以外ではティハール祭りのバイティカの日に当たっていて、私はトウダハに住むチェトリの家族に招かれていたので、パレードは先頭集団しか見ずに、友人のところに行きました。
でも早朝から ティカの七色の粉で(豆やトウモロコシを使っていた場所もありました)一心にマンダラを描いているのをカメラに収めました。
ティハールのお祭りは ビクラム暦では11/5がラクシュミプジャ、11/7がバイティカとなっていましたが、ここではいずれも1日遅れで祝われました。(BCまで行くジョンのためのトレッキングスケジュール表ではここネワール社会と同じ日程でしたから、この違いはヒンズー民族とそれ以外の仏教徒たちの違いかもしれません。)
去年この期間いなかった間に この辺りでも電飾が普及して(それだけ豊かになったのでしょう)私の住む建物も家主家族の使っている2階と4階の窓にはギラギラの点滅が負けじと輝いたのには 驚かされました。
正直に言って、私は電飾が好きになれません。
静かに窓窓にオイルランプの灯が揺れて、入り口から家の中へと富をもたらす女神様が入ってきてくださるようにとなぞった通路がぼんやり浮き出ていた風景が懐かしいです。
さて、まだ1枚も写真がないからと 元日夕刻に行われたマープジャの写真撮影を頼まれました。
ここに来た当事には、マープジャは自分自身のためにするもので、私たちネワールにとってはとても大切な行事だからとの説明で、見せてももらえませんでしたが・・・
床に小麦粉でマンダラを描いて果物を備え、マリーゴールドの花びらを撒いて赤いティカで飾り、水で清めて火を灯し、特別の縒り糸に火をつけてマンダラを覆うように置いて、最年長のお姉さんの手から ティカをもらい、干魚とゆで卵(アヒルのものと使います)を左手に、右手の杯にトゥワン(蒸留前のどぶろく)を3回注いでもらって飲み干し・・・翌日のバイティカの式次第と大して変わらない進行にみえましたが、興味深く見せてもらいつつ写真を撮りました。
たまたまこの家族が夫婦と息子二人に未婚の家主のお姉さんという家族構成からかもしれませんが、奥さんも次々物を手渡すのに忙しく、最後にごちそうの一皿を渡し終えても、女性たち自身のマープジャがどうなったのかは知らないままに私は任務を解かれて、私のために用意された大皿を手に階下の部屋に戻ったのでした。(一緒に食べる空間がないからね、自分の部屋でゆっくり食べてねと言われて。)
このような行事があるからか、コンクリートの床は常時も敷物とは無縁です。
尤も、床が土で毎朝牛糞を混ぜた赤土で磨いていた古い家の最上階の台所の方が 何倍もこんな時には使いやすいことでしょう。
翌日のバイティカのごちそうは、それを上回る豪華なものでした。(水牛の脳味噌料理もありました。)
今年も奥さんの弟さんが次女を連れてお姉さんの手からティカをもらいに来て、「いつ来てたの? ウチにも来てよ」と声をかけてくれました。
こうしてようやくダサインとティハールの長いお休み期間が終わって、今日から学校も始まったはずですが、まだ向かいの家から大音量の音楽が流れていて、お祭り気分が消えるにはまだ少し時間がかかりそうです。
11/9 キルティプルから
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