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ネパール通信11-6

隣の丘の上にお存す病気平癒の神格として尊ばれている観音様のお祭りがあったそうです。

お隣のチョバールの丘の上にお在します観音様は病気平癒の神格として尊ばれています。
そのお祭りにキルティプルの仏教徒が集まってお参りをし、講和を聞いてベエーを食べる催しが昨日ありました。
200人以上が集まった盛大な催しでした。
私が着いた8:30過ぎには皆が集まっていて、忙しく捧げ物やベエーの準備が始まっていました。
顔見知りのご近所の世話役に連れられて何箇所もある神格のプジャに廻ってから、会場に着席しました。
まずお経の斉唱があり(書いたものが配られたので私も一緒に声を出しました)、瞑想が続き、それから軽食(パンと煮豆)付きのお茶が出ました。
準備が整うまで三々五々付近を歩いてグンバに行ったり、そこから私たちは丘を下ってバグマティ河畔のジャルビナヤクにも行きました。
戻ると 講和が始まるところでした。
ネワール語ですが、「家庭の平和が地域の平和に繋がり更に社会の安定、国の、世界の平和へ・・・大元は家庭」という説諭のようでした。
講和時間に僧侶カーストの面々による赤観音様の前での大掛かりなプジャが始まっていたようで、講和の後2回目のお茶が終わったマハルジャン(農民階級)の大勢も次々に加わりました。(従来の筵に加え、一人分にカットされた薄いプラスティクマットも使われて、簡単に移動できるようになっていました。)
グルジュー(年配男性)の先導で女性のソプラノが響き、経文によっては組み合わせた手を頭上へ上げ下げしたり、捧げ物に向かって生米の雨を降らせたり、半恍惚状態の人もいて、じーんとなって見入ってしまった光景でした。
パターチャウもありました。
巻かれた布は観音様の社を3回廻ってから社に入り、三階の窓から出た男の人の手で上部を黄銅製の常備パターに縛り付けられてから投げ下ろされました。
長い長い布は信者たちが並んで持ち上げて、手前のガンデソル(ガネッシュの祠)にぐるぐる巻かれてプジャが終わりました。
菜食のベエーをいただいて、帰宅の頃には 夕闇が迫っていました。
出席者は殆んどが女性で、男性は会の進行司会、会費(160ルピー)徴収、お経の先導と講和者、ベエーも男性たちが用意してくれました。
昔ながらの男女の役割分担がまだまだ健在な共同体です。(私の年齢では僧侶カーストでも女性は学校に行っていないのが普通です。)
外で仕事をして稼いでいる女性がいない訳ではありません(下宿の奥さんもそうです)が、このような所に顔を出す人はいないようです。
キルティプルのネワールはマハルジャンがほとんどで、今も農業に従事している人が多いので、このような伝統的社会が保たれているのかもしれません。
若い講和者にお礼のお札を差し出している年配の女性たちが何人もいました。
捧げ物の写真手前、文旦に突き刺された鳥は米粉の手製です。他にも米粉で作られたお供えものがあり、プラサード(お下がり)としてベエーのお皿に配られた一片はほのかに甘いものでした。見かけから硬くて食べられないかと思ったのでしたが、そんなことはありませんでした。(焼いて食べるのが普通です。)
ご本尊の観音様も写真OKなのが、ネパール風です。顔が赤いので赤観音と呼ばれます。ブンガマティの観音様も赤観音です。
11/13 キルティプルから
Pb120214 Pb120219 Pb120265 Pb120280 Pb120295 Pb120300 Pb120306 Pb120314

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