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ネパール通信11-9

ネパール通信11-9が送られてきました。12月5日、キルティプルジャトラというお祭りがあったそうで、それについての報告です。キルティプルでの最大のお祭りだそうです。ジャトラというのはお祭りということでしょうか。

今年のキルティプルジャトラは12/5でした。
このお祭りはネパール暦によって決まりますので、私たちの暦では1ヶ月も早かったり遅かったりします。
それで学生をやっていて年間暮らしていた5年の間にもお正月の一時帰国後になってしまったことの方が多く、「どうしてジャトラまでいないの?」と皆に残念がられたものです。
少なくとも下宿やご近所の家族にとっては 一番盛大なご馳走を作って親類・縁者を呼んで祝う 当地最大のお祭りだからです。
冷蔵庫がなければ この時期にしか作れない、トーカとかニャクナーンと呼ぶ煮こごり料理が出番になります。
トーカは筋肉がたっぷり入った骨スープの煮こごり、ニャクナーンはネワール語で魚をニャーと呼ぶことからわかるように干し魚が入っていて辛みも効かせます。(写真手前の大皿の上方まん中の仕切り。白っぽいのは「白い血」と呼ぶ血清を固まらせたものです。肉類は水牛です。)
神輿を形作る生葉(ヒノキでしょうか)のついた枝やさまざまな飾り物、お供え物を捧げ持った人たちの行列が 楽隊を先頭に列を成して行くのが始まりです。
今年はその行列が通り過ぎてしばらくしてから 神輿が居ると聞いたラェクー(丘一番の高地下の王宮があったと伝えられている広場)に行ってみました。
明らかに見物に来た人を交えた大勢の人が集まっていて、神輿の麗しい緑の葉内部にインドラヤニ女神像が鎮座して、次々に周辺の住民のプジャを受けていました。
当地では神輿も山車も必ず二基が用意されます。
小さいながらも子ども神輿の方も据え置かれたガネッシュ神像にプジャに訪れる人が後を断ちませんでした。
楽器が奏でられる中、神輿をかつぐ男の人たちも集まって 長老から額にティカを受けていました。
人を掻き分け掻き分け一廻りしての帰り道、すぐ先のマハルジャン住居区の正装したご婦人たちが、飾り物やお供え物を捧げて列を成して来るのと 狭い路地ですれ違いました。
夕方近くなってから家の前を通って行った神輿は 緑の葉よりも飾り物の方が目に入る姿に変わっていました。
すれ違った人たちの捧げ持っていたもので更に飾られ、ラェクーからここまで長時間かかって やっとジャトラが到達したのでした。
本神輿は行きつ戻りつしながら 路地を挟む建物の窓という窓や屋上に陣取った人たちが投げ落とすチャタマリ(米粉ホットケーキ)が投げ返されたりしながら 賑やかに、進む時は怖いほどの速度で、やがて見えなくなりました。
私は 抜け道を通っては先回りしてその後も2箇所で写真を撮って戻りましたが、最後までジャトラを追って行った家主はバーグバイラブ(丘のほぼ中央)が終点だったと言っていました。
「キルティプルの文化・古代史」(シュクラサーガル・シュレスタ著)に バーグバイラブ寺院内域にあるインドラヤニの家に女神がお入りになって祭りが終わる と記されてありました。
このお祭りは 周辺の村々を含めた「七村祭」の一環として行われるものです。
今回初めて、前日の隣村パンガのお祭りを見てきましたが、こちらも村のお祭りらしくつつましく皆楽しげでした。(赤い帽子の人が居るのがパンガで撮ったものです。)
12/8 キルティプルから
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