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ネパール通信11-8

しばらく足が遠のいていて、何年も行かなかったブンガマティに行きました。
ブンガマティの公立学校には分校の校長先生が尽力されて、障害児学級があります。
通ってくる子どもたちのことを考え、隣に寄宿舎も設けられています。
校長ダヤラム先生のお人柄に惹かれて どれだけの人が訪ねては援助に関わったでしょうか。
まだ学生をやっていた頃にダヤラム先生を知り、私も行っては子どもたちと交歓し、友人たちを連れても行きました。
快晴でヒマラヤ連山が見渡せる日が続いて、アンナプルナを遠望したくなってコカナまで遠足したのが きっかけになりました。
チョバールの橋(吊橋から自動車も渡るコンクリート橋に変わりました)を渡り畑の中の道を辿ると我が家から1時間半程でコカナに着き、ブンガマティは隣村です。
アンナプルナはその畑道が上りにかかる前から見え始めます。
アンナプルナの左手奥の白いもやもやを双眼鏡で覗いたところ 氷壁がはっきり見えたのは11/24でした。
ダウラギリをカトマンズ盆地から見たのは初めてで少し興奮しました。
その日、学校では運営協議会の面々が視察中だったので話しを望まれた先生に「又来ます」と告げ、授業中の懐かしい子どもに会っただけで帰りました。
校舎は今年になってからコンクリート3階建てに改築され、寄宿舎も従来からの家は女の子専用、すぐ近くの民家が男の子専用になっていて、こちらにはコンピューター訓練室も併設されていました。
約束を果たしに休日の土曜日に再訪したところ 学校ではプログラムが進行中でした。
忘れていましたが、12/3は「障害者の日」でした。
その日に合わせて、啓発と感謝のプログラムが行われていたのでした。
おかげで、通っていた頃に寮母さんだった女性が結婚して儲けた二人のお嬢さんを連れて来ていたのにも会えたし、先生のお嬢さん、息子さんたちも実行メンバーだったようで すっかり一人前になられた姿に再会することができました。
その上、盲目のお嬢さんを連れて参加されていた女性と帰りのバスの中で話したところ、13年前語学学校で机を並べていて、その後盲人のためのNGOを立ち上げてこちらで活躍している日本人の大家さんだとわかり、久方ぶりに彼女に会えることにもなりそうです。
写してきた写真をプリントして、今度はダヤラム先生とゆっくり話しができる日に訪ねようと思っています。
先生のお嬢さん(学業を終えて勤めているそう)と一緒に写っているムナ(15歳)は私と村を散歩したことなどすっかり忘れたようですが、重症児の彼(名前が出てきません)はお母さんとお父さんの間からうれしそうに合図を送ってくれて再会を喜び合いました。
楽器演奏しながら元気に歌っていたのは「僕たち障害者・・・」の歌、踊っている女の子たちは全員耳が聞こえませんが、賛助出演の地域の人たちの笛太鼓に乗ってうれしそうに舞っていました。
先生と歓談している親子もお嬢さんが障害者、進路のことなど話していたのでしょうか。お開きの後、こちらの習慣で軽食が出ました。
上のバス道路から見下ろした学校は 従来の公立学校校舎とは思えないほど立派です。
12/5 キルティプルから 
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