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ネパール通信12-1-5

4月13日はこの国の公式暦ビクラム暦2069年の元日だったそうです。裏山のチャンパデビ山(ネワール語ではディナチョー)に初詣に、下宿の長男と登って来たそうで、その報告をしてくれています

4/13はこの国の公式暦ビクラム暦2069年の元日でした。
この日ここに居る時は(誘われて代わりにパシュパティ寺院に行ったことが1回ありましたが)裏山のチャンパデビ山(ネワール語ではディナチョー)に初詣に登ることにしています。
今年は 誘ってみたらOKされたので 下宿の長男と一緒に行きました。
彼は次男と比べると自己主張の少ない子で 親の引いた路線で(日本の高2ですから自分からはなかなか決められないでしょうが)キャンパス(11~12年生)ではツーリズム、大学では コンピューター関係を勉強したかったのにキャンパスが理科系でなかったので叶えられずに 親の思いどおりに英語を専攻しました。
その後は親の期待どおりにストレートに大学院進学はしませんでしたが、「お坊ちゃん」ですからどんな仕事でも良しとはならずに就職口がなく 何年か時折タイピングの仕事を請け負ったりしていましたけれど、今は修士課程(英語専攻)にいます。
次男の方は経済学のキャンパス時代から母方のおじの宝石店で働いていてオートバイを乗り回し、縫い子として自分で稼いで早くからスクーターを乗り回していた母親似の行動力を見せていますが、彼はオートバイなどまるで興味がなさそうで 家に居ることが多い 親に言わせるとひどく晩生な静かな子です。
チャンパデビへ登る道でいろんな話しをしましたが、親の期待どおりに結婚することは(数年前からハナシがあるようです)今も考えていないようで、以前は教師にはなりたくないと言っていたのが、博士課程に行く前には教師も経験しなければならない・・・と現実に即して少しずつ自立の道も見えてきたようです。
仕事がなければ友人たちのように海外へ行くようになるだろうと言っていた時期もありましたが、ここキルティプルにずっと住んでいたいとも言っていて、海外で自国では考えられない下積みの仕事につき、きっともう戻って来ない 連絡も途絶えた友人たちのことを思うと 海外で働くことも捨てたようです。
長い感動的なABCトレッキングから戻って5日目という日でしたが、3回登っているという彼が、その倍は登っている私よりも道をちゃんと知っていて リードしてくれました。
尾根に上ると今回初めてヒマラヤが見えました。
春霞の時期ですが、前夜雷鳴と共にたっぷり降雨があったからでしょう。
湧き上がった厚い雲で東の方エベレスト方面の視界は効きませんでしたが、ランタン、ガネッシュ、マナスル、遠くアンナプルナ山群が浮かび上がっていました。
寺院の設けられた場所の人混みを避け、彼の好きな盆地の外が望める草原で 私の持って行った紅茶とパン、彼のザックから出てきた母親が朝作ってくれたカジャを食べてから下山しました。
6時に下宿を出発、山麓まではバスも走っていて帰途の道ではわざわざ近くで停車してくれたのに 歩き通して1時に戻りました。
写真の山は 中央にガネッシュ山群、右手にランタン。
4/15 キルティプルから
P4130004 P4130005 P4130013

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