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ネパール通信12-1-3

 12-1-2の続き。トレッキングの後半の報告です。ダウラギルの写真が素晴らしいです。前回のマチャプチャレ、今回のダウラギル、こんな写真を見せられると・・・・・・!次回の通信では花の写真を送ってくれるそうです。非常に楽しみです。

 8日目(4/3) 5:50パッキングを終えた荷物をそーっと出した時には 白人男性は起きていたが ロシア娘たちは くっつけたベッドで宿の1枚の掛け布団(使用料を支払う)に包まって ぐっすり眠っていた。いつもどおりにミルクティーを飲んで 6:20出発。ドバンまで1時間40分かかり、昨日ヒマラヤホテルに泊まったのは正解だったと思った。バンブーで紅茶を1ぱい。シヌワ手前でデドゥー(ヒマラヤ山猿)が木立ちを渡って行くのを見た。道の左右で1匹ずつだったが、家族だったのだろうか? シヌワ10:30。往路でダルバートを食べたロッジで再びダルバートを食べる。マウンテントラベル御一行様の日本人と同席になり、私は手でおいしく食べたのにクリシュナはスプーンを使っていたのが可笑しかった。ツアー客は中高年8人で 少し話したオジサン以外は皆疲れているようで無口だった。11:30シヌワを出てチョムロンへ向かう。続く石段の長い上り下り。途中雨粒が落ちてきて雨具上衣を着る。上の平らな道に登り切る途中にあるCHHOMRONG COTTAGEに投宿。二階端、下って来た方向が見えるシングルルームをもらう。13:00前だった。4日ぶりのシャワーを終えて間もなく本降りとなったが、15:00頃には止んだ。女児二人連れの英国人夫婦、カナダはケベックからの中年ペアらが次々に到着し、ヨーロッパ語が飛び交って賑やかになる。雨の止んだ前庭で仏語ガイドのシェルパニと少し話をした。彼女はファルピンの生まれで仏語はフランスに渡って勉強したそうで、フランスとネパールを行き来して稼いでいるらしい。仏人と結婚してフランス在の日本人女性でパラグライダーチャンピオンの話しをされたが、私がその人を知る由もなく、そこで彼女は話しを切り上げて自分の客の世話に戻って行った。夕食に頼んだイタリアンピザは夕べのより一段とおいしかった。台が薄くてパリッと焼けていて乾燥バジルも振ってあった。ヤクチーズが合うのだろう。サウニ(女主人)に勧められてチョコレートケーキのデザートまで食べてしまった。
 9日目 6:00支度を終え、荷物を持って階下に下りる。ミルクティー1ぱい。雲が厚い。シルエットで見えていたマチャプチャレもすっかり隠れてしまった。「村に灯がともった」(山と渓谷社)の林さんのことを お茶を運んでくれた男の人に訊いてみたが、10年程前にゴルカから来たそうで知らないとのこと。サウニに訊いてみたかったが、8時までプジャとのことで叶わず、支払いも娘がやってくれた。サウニの子どもは3人のようで長兄はポカラで勉強中、目つきのきつい3年生のカンチャ(末弟)も掃き掃除をしたりしてよく働いていた。6:45出発。快調に歩き、8:20~40グルジュンで紅茶1ぱい。傾れ落ちる崖に岩塩が露出しているのを教えてもらって、見ながらキムロンコーラを渡り、少し登ったSPRONGに9:25着いて朝食休憩。塩味の足りないおいしくないダルバートだったが、しっかり食べた。タダパニまで森の中の道。この辺りではラリグラスの開花は終わり、落下した花が地面を染めていた。快調に歩き、ピンクのラリグラスの花が見頃のタダパニに着くが、予想どおりに空き部屋がなかった。写真を撮り、花の中を下り、再び上り、登り着いた場所で訊いたがここにも空きがなく、さらに歩き続けて 花の中に1軒離れて建つTRANQUILITY GUEST HOUSE に投宿した。地図を見ると ここバンタンティはタダパニと明日行くゴレパニのほぼ中間地点だった。着いたのは14:30頃で すぐ雨になり 大きな雹も落ちてきた。野菜チーズモモを注文し、クリシュナにもお裾分けして食べてもらう。雨は降り続き、ダイニングルームに火を燃やしてくれて、食器類の洗い物仕事を終えた ガンドルンから来ている娘さん二人も一緒にストーブを囲んで寛ぐ。客は私たちだけで、卵入り野菜焼きそばの夕食を終えると 静寂の中での深い眠りが待っていた。
 10日目 5:00まで10時間以上もぐっすり眠った。ミルクティー1ぱいを飲んで6:40出発。8:05デウラリ着、紅茶を1ぱい。ここまでの谷川沿いの道は楽しかった。ラリグラスの花が朝日を受けて輝き、ロクタも多かった。途中ダウラギリが見えた。草尾根に出るとトレッカーが大勢いて、ゴレパニのホテル群が行く手下方に、明朝登るプーンヒルの展望台も望めて、見渡す山腹はずうっとラリグラスの花の色に染まっていた。何回も一緒に歩いたアンバブが「花の時期のゴレパニが一番好い」と言っていたのがやっと分かった。ラリグラスの庭園のような中を歩いてゴレパニに着き、10:10今宵の宿ANNAPURNA VIEW LODGE に到着。少し後に来て話をした文京区在住のネパール人トラチャン医師の一行は食事だけで宿泊は別のホテルだったが、バス・トイレ付の部屋がなかったからと翌日に会った時に聞かされた。あんなに大勢のトレッカーが居たのに実はここも宿泊したのは私たちだけだった。ダルバートの朝食を終えてから散歩に出るが、間もなく雨が降り出し、少し写真を撮っただけで宿に戻る。本格的な雨になり雷鳴も轟き、山の上は白く雪化粧して 雨は20:00頃まで降り続いていた。午後の時間 居心地よい部屋のダブルベッドに上がりこんで道具を広げ、窓から見える風景を十数年ぶりのスケッチなど試みたが、水彩絵の具では満足な花の色が出せず、桃色と白のクレパスも持ってくれば良かったと悔やまれた。夕食に頼んだマッシュルームチーズスパゲティは実においしかった。けれどチョムロンの乗りで頼んだアップルパイは外れで、ネパールの山の中に居る現実に戻ったのだった。
 11日目 夕べもよく眠った。支度を終えないうちにクリシュナが「ディディ・・・」と呼びながら現われる。約束の5:00には20分も早かったが、いつもより遅いペースではあった。4:50ロッジを出る。ライトの行列。富士登山が連想された。1時間半かかると言われたが、1時間もかからなかったとのこと。ぐるっと見渡せる山はすべて見えたが、やはりプーンヒルからはダウラギリが一番だ。マチャプチャレが小さいのに驚く。でも尻尾を立てた雄姿だ。どれくらいの人がいただろうか? 皆ゴレパニに泊まった人たちだ。トラチャン医師たちも居て、ガイドがわざわざ訪ねて来てくれ、一緒に写真に納まった。ここで はるばる日本から運んできた虎屋の一口ヨーカン 小豆と抹茶をクリシュナと半分個ずつして食べた。彼は甘いものは好きでないとキャンディも口にしなかったが、初めて食べるヨーカンは別で口にあったようだ。すごく寒いとは言われていたもののABCにも持って行かなかったしぃと宿に置いてきた羽毛服が恋しくなる前に写真を撮り終えて下った。7:00過ぎには宿に戻り、ミルクティーを1ぱい。7:25出発。昨日の散歩時 後で写真を撮りに来ようと見上げた花盛りのラリグラスの場所の奥にチェックポストがあった。すばらしい眺めの山村を抜けて快適に歩き 9:30前バンタンティに到着。畑で収穫していた人参を食べたいと言ったらダルバートに付けてくれたが、韓国人向けレストランのここのアチャールは辛すぎて残した。お姉ちゃんは眉を韓国人風に剃っていた。食事休息中にトラチャン医師たちが下って行ったが、ウッレリ手前で追い越す。彼らは今日ポカラまで下ってしまうと言っていたが、かなりお疲れのように見えた。ウッレリ手前では4日目に会って話をした素人画家と編み物三昧の米国人おばさん二人にもまたまた最後の再会をし、記念写真を撮り合った。快調に歩き、13:00過ぎにヒレのLaxmi Lodge に入る。もらった部屋には少々たじろいだ(ガラス窓がなく真っ暗だった)が、お湯シャワーを済ませ、道をはさんだ展望ダイニングルームで寛ぐ。傾斜地に開けた山村風景を満喫する。上にも下にもキャンピングのテント村ができていた。15:00過ぎ今日も雨がやってきて それから降ったり止んだり。上でテントを張っているキャンピンググループのボッカさんたちがここでロキシーを飲み始め、「飲まない」とは言っていたもののクリシュナの前にもロキシーの入ったコップがあった。雨の止み間に付近を歩き、タライから来て伯父さんのロッジで働いているルナという女の子やボランティアDr.の奥さんで滞在8ヶ月の独人女性とそのガイドらとネパール語のやりとりを楽しんだ。夕食のダルバートはおいしかった。ダイニングに居たボッカさんたちが音楽を鳴らして歌い踊っていたようだったが、それを子守歌に 20:00シュラフに入り すぐに眠ってしまった。
 12日目 実質トレッキング最終日。それ程長く歩いてはいなかったのによく眠った。いつもどおりの時刻にシュラフを出る。鳥たちのコーラスや 点々と見えるコブシの花の白が 芽吹きの黄緑色に負けずにひときわ心に沁み入る朝だった。ミルクティーを飲んでからおばさんと話して、気に入ってもらったようでヌンチャ(塩味ミルクティー)をサービスしてくれた。娘二人と息子一人、皆がここに住んでいて、旦那さんはゴレパニのホテルのコックだそう。長女は「3年前まで学生だった」と言い 流暢な英語で白人客をあしらっていたが、すぐに抱きついてきたりして皮膚接触が好きな娘のようだった。妹の方は白けていて話しもしなかった。息子の方は見かけなかったが、山仕事にでも行っていたのだろう。6:45出発。かなり上まで自動車道路に整備されてきていて 大方「林道歩き」のようだった。ヒレまで車で入り、その日のうちにゴレパニに着ける日も近いだろう。ブルンディコーラを見下ろしながらの広い道は楽ちんで8:30ビレタンティ着。「魚が食べたい」とのリクエストに店を探してくれてアムリット・レストラン(ここは英語表示がなかった)で揚げ魚とダルバートの朝食を摂る。チェトリのサウニが揚げてくれた 前の川で採れた魚アサレマチャは新鮮でとてもおいしく、中皿に山盛りを見て「食べきれない量だ」とポリ袋を出して持って行く用意をしたのに クリシュナが2尾つまんで行った(彼は魚の代わりに鶏を注文していた)残り全部を食べてしまった。トマトアチャールにはミントが効いていたし タルカリのジャガイモも味が濃厚で ダルバートもおいしく、ダルとタルカリを足してもらった。すっかり乾いた靴下を再び履いてビーチサンダルから山靴に戻って歩き出したのは10:30頃だった。ほんの一部 集落の中の小道を歩いただけで車道を行き、11:00ナヤプル。「いっぱいで乗れないだろう」とクリシュナが言ったバスにしっかり乗れて 二人足して500ルピー(ここは外国人価格があった)という安価でポカラに戻った。バスを降りてから クリシュナの「僕が背負う」を振り切って ずっと背負っていた小ザックをバスに乗る時に入れた大ザックを背負い、Himalaya Villa まで歩いてしまった。彼は1~2時間かかるとトンデモナイことを言ったが15分もかかっていなかっただろう。13:00過ぎに到着。1日目と同じ部屋をもらい、シャワーを浴びて 汗で濡れた衣類を部屋に渡したロープに懸けてから 約束より1時間も早く14:00頃 打ち上げに出た。クリシュナが「桃太郎は高い」というので彼に店を決めてもらうことにしたのだ。ぶらぶらとぺワ湖畔まで行ってから少し戻った店に入り まずはビールで乾杯。用意してきた小さな熨斗袋に入れた心づけを渡した。ゴルカビール2本とマチャ(鯉のカレー味煮つけ)と鶏とタルカリ(豆とじゃがいも)各1皿で590ルピー。確かに桃太郎の半値以下でお開きとなった。いい気分でヴィラに戻るとすぐに激しい夕立。15:30~1時間は続いていただろう。明るさが戻り 鳥がさえずりを再開し、お兄さんが部屋の前通路の水たまりを箒で掃いていたが、17:30再び激しく雨が降り出す。数十歩のために雨具を着込んで桃太郎に行き、夕食に天丼を食べた。カラッと揚った天ぷらとタレのおいしかったこと。休日の今日は車でやってくるネパール人家族が白人客に加わって桃太郎は大繁盛だった。ウエイター兼レジ係にコック補助も加わっていたようで支払いもままならなかったが、キッチンできびきびと立ち働いている男の人たちがまぶしく見えた。パッキングをあらかた終えて宿の布団に包まり19:30眠りに着いた。
 13日目 5時起床。鳥がいい声で鳴いてた。5:55部屋を出て、2日目の朝にも飲んだ荷車露天おばさんの所でミルクティー1ぱい。バクタプルの公立キャンパスの学生20人を引率してルンビニ―チトワン―ポカラと廻って来た英語教師とお茶を飲みながら少し話した。それからぺワ湖に行くとヒマラヤが望めた。替え電池も使い切ってしまっていたので 残念ながら写真は撮れなかった。宿に戻るとクリシュナの用意ができていたので6:30前に出発。今日は大ザックは彼に預けて車内持込袋だけで歩く。7:00過ぎにバスパーク到着。7:00発と思われるバスを拾うことができた。外国人料金はなくて2人で800ルピー。速やかに街を出たが、まだポカラから出ない地点で前輪がパンク。新しいものと取り替えるのに随分時間を要し、料金を支払っていない乗客たちはさっさと別のバスに乗り換えて去った。その待ち時間にジョムソンからのおばあさんとポカラの人でカトマンズで勉強中の男子学生と話した。おばあさんはタカリだと聞いたのでトラチャン医師のことを話そうと「トゥラチャン」と口にしただけで「彼らはブラーマンのような人たちだ」と苦々しげに切り捨てたのにはびっくりさせられた。今まで知らなかったが、思い当たる節は多々ある。車輪交換後バスは快調に走り進み、11:00過ぎムグリンで昼食休憩。15分と言われてかなり慌しくもしっかりダルバートを食べて戻ったが、11:45まで停車して後輪も交換していた。この辺り田植えの真っ最中だった。トゥリスリ河を見下ろす車窓風景が終わって山に入ると短時間でタンコットを過ぎたので、降りる用意をして前方に進み、ナイカップの橋を渡った所で降ろしてもらってカランキまで乗って行くクリシュナと別れた。バルクー寺院に出て馴染みの散歩道を今日は大ザックを背にキルティプルまで歩いた。下宿に帰り着いたのは15:00を少し廻っていた。
4/11 キルティプルから
P4050213 草尾根から青い屋根が目立つゴレパニ集落と左手プーンヒル山上に白いタワー 
P4050218 しゃくなげの庭園を行く 右手手前はロクタの花
P4060226 日の出前のタワー
P4060245  プーンヒルからダウラギリ
P4060252 しゃくなげとプーンヒル
P4060272 ヒレ風景 
P4070281 ビレタンティへの道で振り返る

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