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ネパール通信12-2-9

ティハール(ネパールの国民的なお祭りで、光のお祭りとも呼ばれているそうです。)の最終日の、バイティカ(姉が弟を祝福する日)の様子を報告してくれました。

今年のティハールのバイティカはトウダハのチニさんが呼んでくれました。(私の下宿では不幸があって儀式をしないことを知らせた訳ではありませんが・・・)
お姉さんが弟の幸福と長寿を願ってティカを付けることに変わりはありませんが、チニさんはチェトリカーストのヒンズー教徒ですから これまで親しんできた仏教徒ネワールとはティカのための必需品も式次第も違っていました。
この時期には市場にも山積みになっていて必需品と思っていたザボンは出番がなく、巨大なレモンのニブワの登場でした。
しかし一つだけが、ティカの粉で線を引いてお化粧されて置かれていました。
儀式の始まりは 聖水と七色のティカで浄化した 入り口に置かれたクルミを同じように浄化したシロウタ(ニンニク・生姜やトマトを叩き潰す石の受け皿と棒)の棒で1回で叩き割ることです。
チニさんの旦那さん(78歳)と荷物を持ってバスで到着されたお姉さん(80歳を超えておられる)の間でなされた儀式を快く写真に納めさせていただいたので参考にしてください。
このクルミを割った内側は聖なる場所となって姉弟以外の人は立ち入れません。
聖なる草ドゥボを口に挿した水差しから聖水を撒きながら弟の周りを三回廻り、身体に聖水を振りかけ、さらに燃えている縒り糸で頭上に円を描いて火でも浄化し、花びらを振りかけます。
ティカは まず黄色で縦線を引いてからその上に橙、緑、白、濃いピンク、青紫を載せ(場所と順序は決まっている)最後に上部に水ではなくヨーグルトで溶いた赤を丸く付けて終了です。
チニさんご夫婦が一緒に暮らす末息子の子どもたち姉弟を儀式終了後に写した 二人の笑顔のティカをごらんください。
それから花輪(ラカモリという長持ちする赤紫色の花が好まれますが、マリーゴールドも使われます)を弟の首にかけてやってから 場所を入れ換わり今度は弟が姉さんにティカを付けます。
終わると弟から姉さんへの贈り物が手渡されます。(写真では現金だけですが、通常サリーなどが贈られます。)
再び席を戻し、姉さんから弟へ まずは自ら調理したタルカリ(おかず)を入れた皿が手渡され、次いで菓子や果物を載せた盆が手渡されて 終了しました。
この式次第を興味深く見せてもらい、朝食をごちそうになってから チニさんのママガルに一緒に行きました。
ママガルにはこの家の主人の「姉さん」三人が集合しました。三人の中ではチニさんが一番上のようです。
「私たちは皆 この家で生まれたのよ」と言われ、ママガルが母の実家に当たることに ようやく気付きました。
当地では末息子が親と一緒に暮らすしきたりですから、つまり親の居る間は弟の家が実家で、女性はたいてい実家に戻って出産しますから 親が亡くなっても 生まれた家のおじさんとしてママは特別の存在になるということでしょう。(当地では実の兄弟姉妹でなくても「兄弟姉妹」と言います。)
この家での儀式は 陽のさんさんと当たる屋上ででした。
干している稲を山にして覆いをかけた隣で 格式張ったやりとりはなく、三人入り乱れて一人の「弟」に次々ティカを付け、喜々として皆で写真に納まりました。
まだティカを付けていない向かって左端の若い女性はこの家のお嫁に行った娘さんで チニさんをバイクで迎えに来てくれた弟にティカを付けるために実家に来ていました。
2時間の道のりをゆっくり歩いて帰るため一足先に私は失礼させていただいたのでしたが、その直前にご主人が奥さんを迎えにバイクで出かけて行かれました。
チニさんの家でもお嫁さんは実家に帰っていたし、私の下宿では例年奥さんの弟さんがこの日にみえて、姉さんからティカをもらうのが恒例になっていますが、姉さんが弟の所に出向く方が普通のようです。
 
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