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ネパール通信13-1-9

今年はテンジンとヒラリーがエベレストに初登頂をして60年という節目の年です。初登頂をした5月25日にそのお祝いの式典があり、その式典に出席をしたようで、その様子を報告してくれました。

今年は テンジンとヒラリーがエベレスト初登頂を果たしてから60年になります。
それで 初登頂日の今日 DIAMOND JUBILEE OF THE FIRST ASCENT OF Mt.EVEREST のお祝いの式典とパレードがありました。
親しくしているシェルパの友人が5/19にエベレスト登頂を果たしてカトマンズに戻ってきてから会った際に この式典を教えてもらったので 私も出かけて行って共に祝ってきました。
7時ブリクティマンダプ集合とのことで 8時に行けば十分と こちら時間で出かけたところ 着いた時には既にパレードが出発していました。
今日は ガナタントラディバース(共和国記念日)の祝日でもあって、こちらの式典とパレードの方が大掛かりで参加者も多いので、時間をずらして出発するパレードの先頭が 彼ら登頂者とその関係者になるように配慮されたようです。
民族衣装に身を包んで喜々として進む、ガナタントラディバースを祝う少数民族の人たちを追い越して 式典会場のバサンタプルに着くと まさに式典が始まるところでした。
ヒラリーとテンジンのご子孫、無酸素初登頂者も招待されていて 紹介がありました。
テンジンのお孫さんのスピーチが 一番きれいな英語で 内容も式典にふさわしく 堂々と話されていたのが印象的でした。(話し出したら止まらない傾向のネパール人たちは式典のスピーチから脱線して、目下話題集中の選挙実施への希望などを延々と話し続けるのでした・・・)
ネパール人女性登頂者たち、そして別に最年少の16歳で去年登頂を果たしたシェルパの女の子も賞状と副賞をもらっていました。
彼女とは たまたま後で話す機会があったので訊ねたところ ソルクンブーの村の出身で今はカトマンズで勉強していると言っていました。
恥ずかしげに静かに語る小柄な女の子でした。
写真家や報道関係者たちにも ネパール観光推進への協力を讃えて次々に賞が贈られていました。
今年の登頂者(今日の出席者はカダを首に掛けられていました)は既に500人を超えているそうですから、ネパール観光収入の大きな部分をエベレスト登山が担っていると言えるでしょう。
途中 山の女性たちによる歌と踊りも披露されましたが、後半は長い演説に飽きて席を立つ人続出で、日本の式典とは大違いの 広場の日除けテント下のオープンな式典でした。
私も 誘ってくれた友人のシェルパが席を立ったのに合わせて(私の方は立ち見でしたが・・・)太陽の光の下に出て、最多登頂者(14回)のミンマ・シェルパや友人の国際パーティのメンバーで登頂を果たしたインド人双子姉妹を紹介されたりしました。
式典終了後にここの習いで ヨーモリと揚げ菓子とお茶のカジャ(軽食)が出ました。
人の殆んど去ったテントに一人の日本人の女の子を見つけて、友人が会わせてくれました。
名古屋出身で2回目の挑戦で友人と同じ日(友人は日の出前に登頂したそうですが、彼女はずっと遅い時間でしょう)に登頂を果たしたそうです。
親が山好きで小さい時から連れられて行っていたそうですが、大学時代は全く登っていなくて社会人になってから山岳会に入り、冬は出来る限り山に入って5年位だと言っていました。
まったく日焼けしていないのにも、華奢な体つきにも驚かされました。
もちろん仕事は止めて来たそうで、これは友人がBCで訊き出したようですが、かかった費用は350万円位とのことです。
ネパール人の友人が300万位かかったと言っていましたから、ネパール政府に支払う登山料金込みなら とても上手に登頂を果たしたことになりますね。(2回目で装備にかかった費用が少額だったのかもしれません。)
「いつまで居るの?」 に 「同じ山岳会で別パーティの人たちがマカルー登攀中なのだけれど連絡がつかなくなっていて心配している・・・」とのこと。
彼らと一緒に帰国のようで、ボーダのホテルに滞在しているそうです。
ところで ナラヤンヒッティでの夕食会に用意した券が尽きてしまって、昨日カトマンズに下りて来た人たちの分もないと友人が言っていました。
登頂者の友人は券がなくてもお呼ばれに預かれるそうですが、奥さんは「券がないから私は行けない」とぼやいていました。
今日の式典を取り仕切った上層階級の人たちが エベレスト登攀とは何の関係もない友人知人親族に食事券を配ったことは 私には言われる前に分かります。
式典の運び、賞賛を受ける人たちの選別 そしてカジャ配りにも 一番賞賛を受けるべき登頂者やガイドの山の人たちがないがしろにされている現実をあからさまに見せられた日でもありました。
ヨーロッパ人とアジア人 を ブラーマン・チェトリの上級カーストと私の住んでいる地域のネワールを含めた山の民族 と置き換えた 地位・社会関係がこの国の現実で、それは私の「翻訳絵本」を受け取ってくれているブンガマティの障害者学級の子どもたちの世界の中にも見られます。
4/29 キルティプルから 
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