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ネパール通信13-2-10

今回最後の通信です。

こちらもすっかり冬の天気になり、昨今は盆地を覆う朝霧が昼近くまで消えません。
昨日も 今年一番の冷え込みだったそうで最低気温3℃、学校を出た時にはまだどんな天気の一日になるのかわかりませんでした。
でも いつもご一緒してもらうUさんも快く「行ってみましょうよ」と言ってくれて、ささやかな盆地トレッキングの始まりです。
実は前回来た時にバスから降りて初めての道を取ったら、反対方向にどんどん行ってしまって途中から戻ったのですが、その時に見た風景に魅せられ、地図を見たところ 橋でバグマティ河を渡りダクシンカリからのバス道に出られることがわかりました。
それで「まあ、行ける所まで行ってみましょう」と歩き始めました。
始めの2枚の写真は ブンガマティで。女の人たちが洗濯仕事中の集落はずれの池には シベリヤに帰る鴨たちの姿も見られました。
畑の中の道を気分よく歩き、川べりまで出ると火葬場があって そこで道は途切れていました。
草の実だらけになって畦に這い上がると 畑の中を仕事に行く人が見えたので、その畑道に出て(今は畑の中も簡単に突っ切れます)進むと 地図にある橋の下に出ました。
吊り橋のこちら側は 菜の花の絨毯でしたが、橋を渡って進むと 畑はレンガ工場に変わっていて、黒い土のままの焼く前のレンガが並んでいました。
やがて小さな水力発電所らしく山の上から導管が引かれている場所に出て、何かの記念のようなデザインされた建物があり、山の上から遠足らしい中学生くらいの子どもたちが次々に階段道を下りてきました。
階段の直行道の他にゆるやかに坂を上って行く女道があったので、私たちは迷わず女道を取りました。
その坂道の途中にあった家では結婚式をしていて(この日のマンシル月最終日で結婚向き吉祥の日は終わりらしいです)ティカを点けてあげるから寄って行けと誘われましたが、そんな余裕はありません。
どの辺りから前後していたのか 米を背負った二人の若い女性に Uさんが声をかけると、小さいザックと交換に「背負ってくれ」と言われたのでした。
いつか田植えの頃に一緒に歩いた時には 「田んぼに入って手伝ってくれ」と言われていましたっけ。
関西人のUさんは ネパール語会話でも漫談風で きっとそんな頼みごとを口にできる人柄に見えるのでしょう、私より年上ですが。
彼女たちもファルピンに背中の米を精米しに行く所でしたが、先に行ってもらうと もう会うことはありませんでした。
この彼女たちと分かれた場所から一旦下り、上り直すとファルピンです。
谷から見上げると 立派なゴンパがいくつか見えました。(写真の菜の花の手前はラーヨーです。)
ファルピンにはチベット仏教の全宗派の寺院があるそうです。
ファルピンには何度か来ていますが、この方角から入るのはもちろん初めてで、印象的な風景でした。
最後の写真は ファルピンの集落が始まる場所のチョータラ。
大きな樹を見るとすぐにカメラを向けてしまいます。
バス停前の店でネパールチヤ(10ルピー)を飲んで 半日のゆっくりハイキングを終えました。
新婚旅行でダクシンカリに行って来たカップルも何組か乗っていた、大混雑の帰りのバスの中から ヒマラヤ連山が見えました。
 
今回の滞在も終わります。
今回も盆地を出ることなく、私流の「ネパール暮らし」を目いっぱい楽しみました。
まだ若いのに階段から落ちた骨折でオペをして入院中の友人がいる一方、ファーグン月(2月半ば~)には歳の離れた第二子を産む友人もいて、私はこちらでは自分の歳を忘れる付き合いの方が多いです。
だからか 自分でも不思議なくらい こちらでは元気で、願わくばこの調子で日本でも暮らしたいものです。
報告を読んでくださってありがとうございます。
又、来年メールでお会いしましょう。
どうぞ よいお年をお迎えくださいませ。
 
12/16 キルティプルから
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