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富士山・村山古道 2014.9.16~17

村山道というのは、1000年ほど前の平安末期に開かれた富士山最古の登山道。この道は現在の富士宮市の村山浅間神社が登山口で、富士宮口登山道の新6合目からは今の登山道が一緒になっている。1906年に大宮新道が開かれてから村山道を歩く人は少なくなって、廃道になってしまった。1860年外国人として初めて富士山に登ったイギリスのオールコック公使はこの道を利用して登っている。
2013年1月に田子の浦~広美公園2014年1月に広美公園~村山浅間神社まで歩いてきた村山古道。いよいよ最終章で、村山浅間神社から富士宮登山口の新6合目で一般道と合流するまでの標高差約2000mを2日間かけて歩いてきました。海抜0mから3776mの山頂まで歩けばかなりの達成感を味わうことができるのでしょうが、一般道と合流するところまででよしとしました。

P9160021s P9170049s P9170068s P9170069s

○ 富士山・村山古道 2014.9.16()9.17()  

 9月16日(火) 晴後曇

 8.1km駐車場(9:00)=村山浅間神社(9:209:30)-石畳道入口(9:40)-大ケヤキ札打ち場(11:4512:20)-天照教社(13:05)-吉原林道(13:25)-山の村緑陰広場(13:3514:00)-中宮八幡堂(14:5015:00)-スカイライン(15:20)-駐車場(15:25)

東名高速道路を走行中には、富士山はしっかりと見えていた。今日は車3台で来ているので、2台を富士山スカイラインの8.1kmポスト近くの駐車場に止めてから、1台に皆で乗って村山浅間神社に向かう。8.1kmポスト近くの駐車場からは少し雲がかかっているが富士山頂上がくっきりと見えた。前回の終着点の村山浅間神社が今回の出発点。浅間神社のすぐ横のできたばかりという感じのキジ場で一同キジを済ませて村山古道第3章の始まり。まずは六道坂を上ることから始まる。六道というのは仏教用語で、「地獄、餓鬼、畜生、修羅、人P9160003s 間、天」のことを言うそうだ。少し行って富士山村山口と書かれた注連縄のかかった石碑が建っているところから、石畳の道に入る。この石畳は、一人一石石置き運動ということで、石畳道の修復活動をした結果だそうだ。石の表面に名前が記されているが、参加された方々が署名したものということだった。道の両側には、ツリフネソウやナンテンハギ、ツルボなどの花々が咲き誇っている。しばらくで元の道に戻る。少し行ってからもう一度石畳道に入り再度元の道に戻る。やがて最後の民家(ご主人は、村山道の復活に貢献された方だそう)を過ぎる。民宿を始めるというようなことが畠堀さんの「富士山村 山古道を歩く」(以下本)に書いてあったが、そのような看板が出ていないので、取りやめになったのだろうか。やがてスギ林に入り、やがてヒノキが混じるようになっての人工林が続く。作業道や林道が交錯してルートがわかり辛いところがあるが、マーキングや「村山古道」と書かれた道標を注意して見つけて、ルートを見極めて進んでいく。北井久保林道を渡って少し行くと注連縄が張ってある大きなケヤキの木が出てくる。札打場跡ということのようだ。札打場って何だろうと思ったが、お札(ふだ)を打ち付ける場所ということのようだ。確かにいくつかのお札が、注連縄にぶら 下がっていたりする。右側に建物が見えてきたが、天照教の建物で、その敷地内に入ってきたようだ。その正門前を通る舗装路を渡ると、人工林から解放されて自然林に入る。入ってすぐにツルニンジンを見た。吉原林道を渡って少し行くと吊り橋の下をくぐる。富士山麓山の村の敷地内に入ったようだ。さらに行くと広い道に出て、山の村内の緑陰広場に入る。ここから先は、8月に下見に来た際に歩いた区間。村山古道に戻って少し行くと、ツルニンジンが群生していた。8月に来た時には1つしか見られなかったが、その後花が開いたのだろうか。山道の両側が苔むした非常に良い感じの雰囲気の中を上がっていく。中宮八幡堂の跡や女人堂の跡などを通って今日はスカイラインの7.8kmポストまで。近くの駐車場に止めた車に分乗して、村山浅間神社まで下りて駐車場に止めた車を回収し今晩の宿泊地のキャンプ場へ。

8月17日(水) 曇

 スカイライン7.8kmポスト(7:50)-スカイライン10.8kmポスト(8:45)-高鉢コース合流(9:009:10)-笹垢離跡(9:40)-横渡(10:00)-宝永山遊歩道(11:45)-6合目・宝永山荘(12:1512:45)-新5合目駐車場(13:00)

 夜中にキジで起きた時には、空に満天の星。朝起きた時には、雲がかなり広がってしまい、雲の切れ間から辛うじて月が顔を出していた。一旦新5合目の駐車場まで上がって車を駐車し、もう1台の車で今日の出発点のスカイライン7.8kmポストまで行く。空は曇っているものの、新5合目からは頂上がしっかりと見えた。7.8kmポストから上に向かって山道に入る。いよいよ村山古道最終章の始まりだ。これまでと同様コケがびっしりと生えていP9170055s て大変良い雰囲気の中の山道を進んでいく。本には「コケは村山古道の宝物」と書かれていたが、まさにそのとおりだと思った。ギンリョウソウが何本も群生していてちょっとびっくりする。木の根元にくわえ込まれて動かなくなっているサイダー瓶があると、本に書かれていたので見てみたいと思い注意して歩いたのだが、見落としてしまったよう。あるいは瓶が割れてしまったのだろうか。10.8kmのポストで上のスカイラインを渡る。道の両側にほとんどが枯れているスズタケが目につくようになる。高鉢山から御殿庭に行くコースと交差する。周辺で三ツ峠や御坂で良く見たテンニンソウやセキヤノアキチョウジが見られた。試験管洗いのサラシナショウマも咲いている。少し上がった修験道遺跡の大樅跡には茶碗のかけらが落ちているということだったが、やはり見ることはできなかった。やがてスズタケが見られなくなり、ノギクやテンニンソウが道の両側に群生するようになる。道に被ってくるほどのところもある。時折トリカブトが混じって咲いているのが見られる。岩屋不動跡に向かう分岐が出てくる。岩屋不動跡に向かう道は木馬道跡ということだが、よくわからなかった。笹垢離跡には、廃仏毀釈により明治の初めに首を切られた石仏が4体置かれていた。さらに上がると1996年9月の台風で多くの木が倒されて出来たという大倒木帯に出る。このエリアだけ木が無く、ぽっかりと空いてしまってちょっと異様な感じ。ただそのお蔭で(不謹慎?)展望が開けてガスの中に一瞬だが頂上が顔を出してくれた。いつも見慣れている形とは違う富士山で頂上ではないのかと思ってしまった。大倒木帯といっても登山道の上の倒木は既に片づけられていて、歩くのに影響はほとんどない。下には駿河湾を望むことができるということだが、ガスに覆われてみることはできない。道の両側には、ノギクや既に花が終わっているヒヨドリバナ、カニコウモリなどの群落が続く。アザミも見られるが、フジアザミを見ることがない。富士にはフジアザミはないのだろうか。横渡で日沢を渡ることになっていて、P9170073s 左側に日沢が近づいてきたのだがなかなか渡らない。しばらく気を持たせて、やっと渡った。ここで富士市から富士宮市に入る。ここでもガスの切れ間から頂上が見られた。急傾斜の登りになる。鉄のやかんが置かれているのが一ノ木戸跡のようだ。道が倒木で遮られるようになる。下をくぐるか、上を乗り越えるか迷うような中途半端な高さの倒木もいくつかあって、しばらく苦労する。古道を復活整備する前の大変さを体験させてあげようという配慮で、倒木帯を残してあるのだろうか。確かにあまりあっさりと登ってしまうと、古道を歩いたという実感が薄いものになってしまうかも。倒木帯を抜けてからしばらく上がっていくと、道に沿ってロープが張られた宝永山遊歩道と交差する。遊歩道を越えてさらに上がっていくと低木帯になり、前方が開けてきて右に宝永山そして新6合目の宝永山荘がすぐ目の前に見えるようになり、2年がかりの村山古道歩きもいよいよフィナーレ。やがて新5合目から上がってくる登山道に出て、村山古道は一般道と合流する。ここまでの静かな富士山から一転して、賑やかな富士山になってしまった。しばらく余韻に浸りたいと思ったが、そんな雰囲気ではなく食事を摂って車の置いてある新5合目の駐車に下った。

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