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北イタリア横断その1 ベニス

北イタリアを横断するツアーに参加してきました。まずベニスを訪ねました。

7月11日(土)
 飛行機はエミレーツ航空で、成田からドバイで乗り換えてベニスへ行く。機内での食事が、日本の時間で23時(軽食)と翌日の7時(朝食)に出た。飛行機内の食事は、時間が旅行に出かける前とは違う時間帯になるので、お腹の体調維持に気を使う。軽食はメニューが海鮮丼となっていた。飛行機の中で刺身が出るのかと半分期待、半分不安だったが茹でたイカやエビなどの海鮮丼だった。TVのスポーツチャンネルで、ウインブルドンの女子シングルス・ファイナルの中継(生なのか、録画なのかはわからない)をやっていた。決着する前にドバイに着いてしまい、結果はわからなかった。

7月12日(日)
 飛行機の中は猛烈寒かった。もう少し着る物を持って乗るべきだったと反省。ドバイ到着は3時40分、ベニスに行く便は9時40分発(搭乗は8時55分)ということでかなり時間がある。乗り換え時間が長い客には食事券が出て、空港内の飲食店で食事ができる。航空会社が出しているのか、空港が出しているのかわからないが、ドバイでは乗り換え時間が長いことが多いようなので、客離れへの防止策だろうか。我々もケニアに行った際に、1回目はドバイ乗り換えで行ったが2回目は乗り換えの時間が短いという理由でドーハ乗り換えのカタール航空で行った経験がある。リクライニングの椅子があるので、それで体を伸ばしてウツラウツラしながら数独をやったり本を読んだり。それに飽きると空港内を、お店をチェックしながらウォーキングをしたりして時間をつぶす。カメラの販売店があったので覗いてみると、ニコン、キャノン、サムスンの商品が展示されていた。いろいろと言われているようですが、ドバDscn2186s イではサムスンは健在のようでした。ドバイの飛行場は大変大きいようで、時刻表(飛行機の場合は別の言い方?)を見ると同じ時間に3機とか4機とかが飛び立つようになっている。やっとベニスに行く便の搭乗時間になり、飛行機がとまっているところまでバスで行く。その際に外気を感じたが、猛烈な暑さ。飛行機の中や空港内との温度差が激しすぎる。“ベニスの商人”という戯曲から、ベニスは商業都市だというイメージを勝手に持っていたが、飛行場に近づくと下には畑が沢山見えた。飛行場からホテルに向かうバスの中に電光掲示の温度計があり、33℃を示していた。今年のヨーロッパは暑いということだったが、確かに暑い。ホテルについて荷物を置き、早速ベニスの観光に向かう。ベニスは本土と島部に分かれていて、本土はIT産業などの工業地帯で、観光地帯は島部になっているようだ。地中海に架かっている橋を渡り本島に入る。島の中は車は走れないようで、バスを降りて船に乗って運河を移動する。船の中は、窓を閉めると暑い、開けると風が入ってきて涼しいが波をかぶって水が入ってくる。どちらを選択すべきかをかなり迷ったが、服を濡らすと面倒ということで、暑いのを我慢することになった。クルーズをしていると思われる大きな客船が、3隻停まっていた。船を降りDscn2204s てから徒歩で観光する。ため息の 橋という石の橋を渡る。尋問室のある宮殿と牢獄とを結ぶ橋で、尋問室から牢獄に送られる囚人にとってはベニスの美しい眺めを見るのはこれが最後だと、おもわずため息をつくということがこの名前が由来だそうだ。ここからの運河の眺めが良いそうで、観光客が大勢溜まっていた。サンマルコの広場をぬけ、狭い路地を通って大運河に架かっているリアルト橋に行く。運河を何隻ものゴンドラが通って行き、写真などで見たいかにもベニスという眺め。しばらくそんな雰囲気を楽しんでから、サンマルコの広場に戻る。広場にあるサンマルコ寺院は修復工事の最中のようで、一部覆いがされていて眺めとしてはちょっと興ざめ。サンマルコ寺院に隣接して建っている時計塔はデジタル時計になっている。ただし標示が変わるのは5分おき。今日の夕食は狭い路地を中に入ったところにあるレストランでイカ墨を使って黒くなっているパスタなどの料理。口の中が真っ黒になってしまうのを心配しながら食べる。食事後また船に乗って、バスの駐車場所まで行き、ホテルに戻った。

サンマルコ広場
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サンマルコ寺院
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時計台の時計はデジタル。6時15分から20分にかわるところ
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ため息の橋からの眺め
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ベニスは大変路地の多い街でした。
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