« 日光白根山 2515.9.5 | トップページ | ネパール通信15-7 »

ネパール通信15-6

ガイジャトラというお祭りを見物に行った報告です。ガイジャトラというのは牛の行列といった意味で、亡くなった方が天国への旅の途中、三途の川を牛の尻尾につかまって渡るということからきているようです。死者を悼む行事で、日本ではいえばお盆といった感じでしょうか。といった説明で正しいですか。

今年のガイジャトラ(8/30でした)はカトマンズで見物しました。
友人ギータのお父さんが去年亡くなられてギータの家でも牛に扮した子どもを出すし まだカトマンズの行列を見ていないなら 是非一緒に見よう とモヒニが誘ってくれました。
9時前にモヒニの実家があるアサンの路地に入ると そこここに我が子の晴れ姿に最後のAm_7217 化粧をしている母親と取り巻きの人たちがいました。(最初の写真)
モヒニの兄嫁さんが作ってくださった前日からの行事食、様々な豆の熱いスープ クォティとロティ(パン)をご馳走になってから早速行列を見に行きました。
カトマンズは広いですが、昔からの中心部 ここにすべての地区の人たちが集まって旧王宮広場まで行列するとのことです。
見慣れたキルティプルの行列は 牛に扮した子どもが三々五々親に付き添われて通り過ぎた後の言わば見世物行列を楽しんで来たのでしたが、こちらは本来の姿が延々と続くのでした。
沿道には 行列の子どもたちに渡すお菓子や金貨(ギータの家族はお菓子と一緒に5ルピー札をビニール袋に小分けしたものを一人では持てない大袋で運んできていました)を用意した見物人がずらっと並び、もらったお菓子などを入れる袋を手にした父母が子どもに付き添っています。
今年は特別に「(こちら暦で)4/124/28の大地震の犠牲者を送るラリー」の人たちも横断幕を先頭に行進していました。
去年までのキルティプルではお目にかかったことのない女の子の「牛」も数人見かけました。
大きな傘の中で微笑んでいる写真の女性は どういう方だったのか、きっと偉い方だったのでしょう。
抱かれた幼児の「牛」は 注目を集めますが、右も左もわからない子どもには延々と続く行列は少し厳し過ぎるように感じました。
行列に音楽はつきもので キルティプルのブッダジャヤンティで見かける、車にハーモニウムを積んで演奏しながら、焼き場に送るときの笛の再出番、職業楽隊の出動などがありました。さすが首都の行列で 皆どこか洗練されていたようにも感じました。
延々と続く行列の最後までは付き合い切れずに モヒニの実家に戻り、私にはクォティとロティだけで十分なのに朝ごはんは別だから少しだけでも食べなさいと、断り切れずにごちそになります。
前日 私が見に行くことを知ったギータからも 家にも来て と電話があって、こちらでは しっかりネワールのご馳走、ベェーが待っていました。
ちょうど父君の喪明けに当たり、1年ぶりのベェーだということでした。
ギータもモヒニも独身ですが、このような祭りごとの際には濃い親族とのつながりの中で大家族の一人として 自分の友人もその家族の中に連れて行き、一緒に祝います。
ところでクォティは 私も好きで自分でも作って来たのでしたが、今年はその前日のジャナイプルニマの日にトウダハのチニさんの所でご馳走になり、戻った下宿でも奥さんがロティと一緒におやつに届けて下さり、モヒニの所、ギータの家でもお呼ばれに預かり、それぞれ微妙に違う家庭の味を楽しませていただき とうとう自分では作りませんでした。
元々はネワールの食べ物で その名も「熱い」という意味のネワール語から来ているのですが、1週間水に浸けていて作ったという正統クォティはチェトリ族のチニさんの作ったものだったのが ちょっとおかしかったのですが、皆忙しくて 1週間も豆のめんどうなどみていられない というのが 現代人の本音のようです。
ちなみに チニさんが一番年長で、彼女は「もやしにしなければ、クォティはおいしくできない」と断言します。

9/7 キルティプルから

Am_7226 Am_7232 Am_7259 Am_7260 Am_7269 Am_7275 Am_7291 Am_7292 Am_7298

|

« 日光白根山 2515.9.5 | トップページ | ネパール通信15-7 »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 日光白根山 2515.9.5 | トップページ | ネパール通信15-7 »