« ネパール通信15-6 | トップページ | 南アルプス・甲斐駒ヶ岳&小仙丈ヶ岳 2015.9.12~13 »

ネパール通信15-7

ダルマスタリという場所の山の学校に行ってきたそうです。

ダルマスタリという場所の山の学校に行ってきました。
カカニに行く道と分かれ、ラニバンの森を左手後方にしてマハデブ川沿いに山間に入った この地区は 下はネワール、山の上にはタマンの人たちが住んでいるそうです。
今回の大地震で古い家は全滅して、残っているのはコンクリートの新しい家だけ、訪ねる山の学校も壊れて仮校舎ができている、ここに援助したいからまずは見に行こう とモヒニに誘われました。
連絡があったのが前日の夜で 私はその日 女子学生にキャンパス終了後に翻訳チェックを頼んでしまっていたので、昼にはキルティプルに戻るという ちょっと忙しい遠出となりました。バスを下りて山道を上り始め、振り返ると 言われたとおりにコンクリート住宅だけがバラバラAm_7320 と建つ後方に瓦礫が片付けられて白々と空き地が広がる丘が見渡せました。(写真1枚目)
しばらく行くと女の人が壊れた家の片付けをしていました。その後方には ここにもかまぼこ型のトタン仮設住宅ができていました。
老いも若きも交じって道普請をしている現場を通りました。「自分たちの使う道だからね」と元気な年増おばさんが言っていました。
Am_7328 仮住宅は韓国人が作ってくれたと聞かされていましたが、ここに並んでいたのはインドの宗教家の寄進によるもの。 教祖様の写真入りの札がベタベタ貼られて、大きな看板もありました。
同じ小屋が向い合せに何軒並んでいたか、最後に2件だけ札の貼られていないトタンだけの小屋が並んでいたのを見て ちょっとほっとしました。(仮設でもご近所つきあいがあるはずですからね。)
学校に着いたのは始業前。元の校舎から一段低い場所を整地して仮校舎ができていました。
1枚目は文部省のお墨付き、資金援助団体4カ所のマーク入りの垂れ幕の掛かる外観。USエイド(米国)と国連の他、2団体はどこの国なのかわかる人はいませんでした。
次は内部。教室2つができていて、幼児クラスの方は清掃中でした。
竹(1250ルピーにも値上がりしていたとのこと)とトタンと国連のマーク入りビニールの材料(資金)が提供されて、建設は村人の奉仕とのこと。これで5年は持つそうです。Am_7355
残った門の前で登校してきた子どもたちがナマステ。
「前に来た時には 身に纏っていたのはパンツだけだった」とモヒニが言っていました。おそろいのトレーニングウエアは制服ではなく寄贈されたもののようです。
ここの生徒は幼児クラスと5年生までで35人とのこと。
始業までは居ることができずに帰途につきましたが、途中で女教師に会いました。法律家のモヒニは新校舎建設の折衝のことなどでいろいろ助言をしていたようです。後方は一緒に行ったギータと彼女のお姉さん。右手後の白い建物は韓国の教会建設予定地に建つ仮小屋。ネパールと韓国の旗が翻っていました。
Am_7364 道中の最後に会った 仮小屋入口から出て 哺乳瓶からミルクを山羊に飲ませていたタマン族のおばさん。産まれた時からずっとこうして育てていると言っていました。

扉のない学校トイレのために扉の資金をあげようか、冬に向かって着るもののない子どもたちにセーターをあげようか モヒニは決めかねている様子です。どちらも私からと私が友人から預かって届けたお金の残り(15-1に書いた孤児院援助)では足りず 彼女の主催NGO資金も当てることになるようです。

9/10 キルティプルから

Am_7323 Am_7332 Am_7338 Am_7339 Am_7340 Am_7359

|

« ネパール通信15-6 | トップページ | 南アルプス・甲斐駒ヶ岳&小仙丈ヶ岳 2015.9.12~13 »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« ネパール通信15-6 | トップページ | 南アルプス・甲斐駒ヶ岳&小仙丈ヶ岳 2015.9.12~13 »