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まるごと台湾大周遊・前半 2016.4.18~20

台湾旅行に行ってきました。タイトルのとおり台湾を6日間で1周するという、欲張ったそしてちょっと忙しい旅行でした。まず前半の報告です。

○ まるごと台湾大周遊・前半  2016.4.18()4.20()

4月18日(月) 曇 

 午後2時30分、ほぼ予定どおり成田の飛行場を離陸。1時間ほどして機内食が出た。鶏肉とパスタあるいは豚肉とご飯という選択だった。昼食を摂ってから4時間ほどしかたっていなくて、豚肉とご飯はちょっと重いかなと思って、鶏肉とパスタを選択した。飲み物でビール、ワインがあったが昼食がまだ胃に残っている感じで、ちょっと食(飲)指が動かなかった。3時間半ほどの飛行で台北(正確には桃園)の飛行場に着いた。まず入国検査(台湾の言葉では入境検査)。外国人の列に並んだつもりだったが、周りから聞こえてくるのは中国語。並ぶ列を間違えたかとちょっと心配したが、列には西洋人も並んでいるし日本語も聞こえてくる。中国語をしゃべっているのはどうやら台湾の人ではなく、大陸の中国人のようだった。台湾にも中国人がいっぱい。入国検査を無事に済ませ、預けた荷物を受け取りガイドの陳さんに無事に会うことができてホッとする。バスで今日の宿泊地の台中に向かう。今はあがっているが、つい先ほどまで雨が降っていたよう。ちょっとひんやりとした感じ。バスの中でのガイドさんの説明では台湾の島の真ん中は日本列島と同様に山岳地帯で、3000m以上の山が100座以上あり、最高峰は富士山より高い3997mということだった。山の数え方はいろいろあるから単純に日本と比較はできないが、ちょっと意外。台中に入って、宮原眼科という所に連れていかれた。今のところ目に悪いところはないよと思ったが、かつて日本が統治していた頃の宮原眼科の建物、名称をそのまま使っているアイスクリーム屋さんだった。かなり話題の店のようで、話のタネにと思い食べてみたが、特に・・・だった。暗いのでよくわからなかったが、建物の外観はその当時のままだそうだ。ホテルに着いたのは午後9時30分頃。暗くなってからの行動が長いのは疲れる。そのためか今日はアルコールを一切口にしていないのに、寝つきは非常に良かった。

4月19日(火) 晴時々曇 

 昨日発表の今日の天気予報は、あまり良くないということだったが、朝ホテルの窓から外を見ると日が差している。良い方に外れたようだ。今日最初に訪ねたのは宝覚寺。ここは特別の観光場所ではないが、日本からのツアーでは必ず連れて行くお寺だそうだ。戦前日本から台湾に移住してきて、こちらで亡くなった日本人約14,000人余の遺骨が奉納されている。又、日本統治時代に日本兵として駆り出され犠牲になった台湾の方々の慰霊碑がある、というのが理由のようだ。特に日本兵として犠牲となった台湾人がいたことを日本人に知って欲しいという思いが強いのだろう。自分はそういうことがあった、というのは知っていたが、改めて考えさせられた。そのこととは関係はないのだろうが、弥勒仏(布袋さん)の大仏像がある。高さ30mあるそうだ。台中を後にして、標高約800mの所にある日月潭へ。台湾では一番大きな湖だそうだ。名前の由来は半分が太陽の形、半分が月の形をしていることからだそうだ。湖畔を散策することになっていたが、散策路が補修工事中で歩くことができなかった。残念。バスで文武廟まで行く。バスを降りた場所からは日月潭の眺めが良い。文武廟はその名前のとおり、文(学問)と武の神様が祀られている。文の神様は孔子、武の神様は三国志に出てくる関羽と岳飛。関羽はソロバンが得意だったことから商売の神様としても、特に華僑の人たちに敬われているようだ。横浜の中華街にある関帝廟は、関羽を祀ったもの。一番上が展望台になっていて、日月潭が展望できた。飲茶料理で昼食を済ませて、台南に向かう。台南は台湾では一番古い都市で、日本でいえば京都のイメージだそうだ。最初に訪ねたのは赤嵌楼。1600年代オランダが台湾を統治していた時期があり、その時期にオランダ軍によって建てられ、プロビシャ城(紅毛城)とも呼ばれていた。オランダの統治とは関係ないと思うが、科挙にかかわる碑があって、その近くにその試験を受けるための塾の跡があった。次に訪ねたのは延平郡王祠。そのオランダを台湾から追い出したのが鄭成功で、その功績を称えるために建てられた。彼の母親は日本人で、平戸の田川家の娘、マツ。マツさんの写真?肖像画なども掲げられていた。台南を後にして、今日の宿泊地の高雄へ向かう。高雄では蓮池潭へ。名前のとおり蓮が浮いている池で、いくつか既に花が開いている株があった。また、龍虎塔というのがあって龍と虎の像が並んでいる。龍の口から入って虎の口から出ると非常に良いことがあるということで試してきた。どんな良いことがあるか楽しみだ。夕食は海鮮料理ということで、台湾ではどんな刺身が出来るのか半分期待で半分不安だったが、出てきた魚介類は茹でた海老、揚げたシシャモ(だと思う)、やはり揚げたイカだけだった。その後高雄名物だという、六合二路の夜市を散策した。週末は歩くのが大変なほど人が多いということだったが、平日でもかなりの人が歩いている。食べ物関係の屋台がかなり出ていて、ここで夕食を済ませる人もいるのだろう。今晩は高雄で宿泊。

日月潭、文武廟
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P4190022s 赤嵌楼の屋根

P4190028s 鄭成功さんの像

龍虎塔の中と外観
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4月20日(水) 晴

 朝食前に、ホテルから歩いて数分で行けるということで、澄清湖に行ってきた。早朝だというのに、沢山のバイクや車が駐車していた。何をしに来ているのだろう。太極拳をしている人や我々と同様散策をしている人はいたが、それだけの人数を運んできた車やバイクの数ではない。木をリスが上がって行くのを見た。本場のタイワンリスなのだろう。ホテルに戻って朝食を食べ、8時にホテルを出発。今日の最初の観光場所は寿山公園。山に上がって行く狭い道に沿って、大きなバスを上げていく運転手さんの巧みな運転技術に思わず拍手をしたくなった。忠烈祠の前でバスを降りる。ここからは台湾で一番大きい港の高雄港そして高雄の市街が一望できた。しかし、ガイドさんの説明では大陸からPM2.5が飛んできているとかで、かなり霞んでしまっている。忠烈祠は辛亥革命や抗日戦争で犠牲になった方々を慰霊する施設。寿山を下って、我々を運んでくれているバス会社が経営していると思われる民芸品店に連れていかれた。かなり強烈な店員さん達の攻撃をかわして店を出、高雄を後にする。バスに2時間ほど揺られて懇丁へ。途中海沿いを走ったが、既に海水浴場は開いているようで海水浴をしている人の姿が見られた。昼食は懇丁のレストランで、海鮮料理。今回は昨日と違って海老、貝(種類はわからない)、カニ、白身の魚等、魚介類の料理が多かったが、刺身はなかった。それとこの周辺はタマネギの産地だそうで、そのためかタマネギを使った料理が多かった。食事を済ませてから台湾最南端のガランピ岬へ。ここまで来る日本のツアーは非常に少ないようで、周囲の観光客は殆どが中国人のようだ。恐らく中国からの観光客に見せるためなのだろう、昨日の蓮池潭でも同様のものを見たが、中共を非難していると思われる内容の立て看板があった。ガランピ岬には灯台があって25km先まで照らしているそうだ。海岸に下りて、多分本当の台湾最南端まで行けるようだったが、集合時間が来てしまいバスに戻る。さすが台湾最南端の地、かなり暑い。多分、30℃を越えているのだろう。しばらく高雄方向に戻ってから、今いる台湾の西側から東側へ山を越える自動車道に入る。ここも大きなバスにとっては、安全に通過するにはかなり高度な運転技術が必要と思われる道。運転手さん謝謝。無事に山を越えて、東側の海(太平洋になる)が見えるようになり、海沿いに北方向に向かうようになった。そして今日の宿がある知本温泉に着いた。今日は大部分がバスの中。お疲れ様でした。夕食の時に飲んだビール、そして同じテーブルの方にごちそうになった紹興酒が美味しかった。ちょっと飲み過ぎたようで、温泉に入り損なった。残念!!

P4200075s 台湾最南端のガランピ岬での眺め

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