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ネパール通信16-1

yanshihoさんが、参院選を済ませて、ネパールに行きました。早速ネパール通信を送ってくれました。

今年の滞在は参議院選挙の投票をしてからと決めたのでしたが、急遽 都知事選が追加になり 少し後ろ髪を引かれる思いでしたが、猛暑からの脱出優先で15日の出国となりました。いつもはネット購入している航空券を「ネットよりも安価」と聞いたマヤ・トラベルさんに頼んだところ これまでのほぼ半値で 初めて大韓航空で来ることになりました。
インチョン乗り継ぎでしたが、待ち時間も1時間半と短く、朝5時に我が家を出て、3時間15分の時差がありますが、カトマンズには夕方4時半というその日のうちの到着でした。
大韓航空は若い頃一度だけヨーロッパ便を使ったことがありましたが、客室乗務員さんたちも明るく親切な美人ぞろいで機内食も味覚に合い、満足な空の旅となりました。
この時間の到着は初めてだったのですが、すぐ前に4便が来ていて荷物受取り場は大混雑、去年とは一新した大勢の旅行客にびっくりさせられました。
インチョンからの便は 日本からのツアー御一行さまも一緒で ツアーコンダクターのお兄さんが声を嗄らして年増のお客さん方の面倒をみていました。
その日はカトマンズの友人宅に泊りましたが、雨の中の移動となり、車で迎えに来てくれたのでほんとうに助かりました。
翌朝一緒にキルティプルまで車で送ってくれた友人たちは久方ぶりに合う大家の主人と話しこんでいましたが、私は場を外させてもらい早速に部屋を整える作業に。
休日で奥さんもいらして、その助言に従い、本箱とその上に積んでいた段ボール箱を階段踊り場に出し、今回は布団を敷き述べるに十分なスペースを確保できました。
注意せずにベランダの柵に掛けて風をあてていた布団を折からの降雨に少し濡らしてしまいましたが、あわてて室内に入れると 寝るまでにはすっかり乾いていました。
翌日も一日中雨が降っていましたが、昨年帰るまで着用してそのまま紙袋に入れていた衣類もすっかり洗い上げ 室内(目下は居間兼寝室兼の台所)も踊り場も満艦飾になっていましたが、その翌日には晴れ間も出て 大量の洗濯物はすっかり片付きました。
住み始めた頃には 日本の梅雨のように一日中しとしと降り続くことは滅多になく どしゃぶり後快晴でみるみる水たまりが消えて行ったこちらの雨季も様変わりしています。
日本から行くことを伝えた電話では「新しい家が90%出来上がった」と聞かされましたが、昨年の地震で壊れた築百年以上だった母屋の新築家屋は完成までもう少し時間が要るようです。
今は大家の家族が使っている私の居間が返ってくるのも しばらく後のことでしょう。
でもきっと ダサインのお祭りには新しい家にお客さんを呼び 盛大にお祝いする算段でしょう。
昨日 電気が引けたと言っていましたが、 新たに引く水道の工事はまだとのことです。(私がお借りしている家の最上階に台所を移すまでは毎朝ここから水を甕で運び上げていました。)

「お客さんも泊れる部屋ができるから あなたの友人にも泊ってもらえる」と言われましたが、これまでの飾り窓が生かされなかったのが私には哀しいです。
でも飾り窓を嵌めこむには大金が必要なのでしょうし、部屋も暗くなりますから 今風の家になるのは致し方ないことなのでしょう。
飾り窓はバラして保管されているそうで組み直した後に売るそうです。
「壊れて住めない家をそのままにはできないし、自分の家で使えなかったから仕方ない・・・」と 大家の先生も少しだけさびしそうに言われました。
古い母屋は いくつか撮っているのですが、初めに見つかった3年前のティハールに写した1枚を建築中の母屋に添えます。
昔から大地震のあったカトマンズ盆地のネワールの伝統的な家は ぴったり壁と壁を密接させて建てる言わば長屋ですので、まず倒れることはないのですが、大家さんの古い家は屋根が崩れて住めない状態になっていました。

7/21
 キルティプルから

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