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ネパール通信16-2

4時には目覚めてしまう日が続いています。
9時前には寝てしまうのですから当然ではあります。
日本に居れば やおらラジオを点けて 深夜便に耳を傾けているうちにまた眠ってしまったりするのですが・・・
1時間弱 布団の中に居てから起きます。
5時にラジオ・サガルマータが「南アジア初の共同体(運営)の」という形容詞付きの始まりのことばを放送して、サーストラ・サンギート(宗教曲)を6時のニュースまで流します。
このサーランギとタブラの溶け込むような音の中に戸外の鳥たちの朝の唄が混じって 私の一日が始まります。
5時を過ぎれば ご近所さんも起きだして声やモノ音がするし、丘の下から車の音も上ってきます。
お湯を沸かして朝のお茶を淹れる頃には明るくなっていて、停電でなければ点けていた電灯を消します。
6時からのニュースに続く新聞記事紹介の番組については以前に書きました。
でも今はラジオは点けたままでも ほとんど聴いていません。
それでも日本のニュースには鋭く反応してしまって、まずはネパール語で知った相模原殺傷事件には驚き、ネットで見たあれが出現した意味するところへの考察がまだ頭から離れません。
18歳の新婚の時から知っていて、今は二児の母になっているレヌ(34歳になったそう)の所に行ってきました。
前日 教えられていたケータイに出たのは見知らぬ男性で まちがい電話を謝って切った後、「今までも通じないまま行ったこともあった・・・」と訪ねてみたのでしたが、引っ越していました。
翌朝 一緒に教えてくれた旦那さんのケータイにかけると、7時前だったのにもう仕事場のキャンパスで出てくれて タパタリに越し、彼女の番号も変わっていないことを知りました。
まちがえてダイヤルしたのに気付かなかったのも老化の現れでしょうね。
同じ男性に再度謝ることになるのが嫌だったのが本音で掛け直さなかったのでしたが、一昨日は通り抜けたパタンの街でラトマチェンドラの山車にも会えたし、好い外出になりました。
訪ねた新居は旦那さんの同僚が自分の家を建てて移った後に譲ってもらった貸家とのことで、大家さんは家賃収入よりも店子を選ぶ人だそうで、今までと同じ家賃で広く環境もよくなりました。
タパタリは一世を誇ったラナ一族の住んでいた場所柄 一族の寺院もあり、彼女の所は ちょっと奥まった場所で緑も多く 街中とは思えない静けさですが、ただここは物価が高いとか。
二階に住む大家さんもキャンパスで教えていた人で、75歳までは世界を視て廻ると今もヨーロッパ旅行中だそうで、不在の間は飼い犬の餌をやるのが店子の義務とのこと。
既に買ってあるキルティプルの土地に自分たちの家を建てるまではもう引っ越さない、その家にはあなたの部屋も作るから是非泊ってね・・・と言われました。
「私がまだネパールに来れるうちに出来るかな?」には 「家を建てるお金を溜めるにはまだ何年もかかるわねぇ」との答え。
下のお嬢さん(2歳半ですが、まだ少し母乳を飲んでいるそうです)から手が離れたら彼女も働く算段で目下再就職(教職公務員希望)のために再教育を受けに行っているそうです。
聞かされた 先日の彼女のお父さまの死去の場面には 人の最後の理想を感じました。
前々から自然のままに菜食を通して生きてこられた方だったそうですが、元気に過ごしていた77歳になる2日前にルンビニの自宅で 何も食べたくないと言って横になりサーストラ(真言)を唱えていらして 家人が気付いた時には既にこと切れていらしたそうです。
その場で私も下ごしらえを少し手伝って作った軽食の野菜入りマカロニこちら風の一品とアチャールを台所に続く広々とした食堂でごちそうになりました。
実家から送ってもらった大豆や挽きたての小麦粉、発酵野菜のグンドゥルックとシンキ(酸っぱい切り干し大根)にチュック(レモンの搾り汁を煮詰めた酸味料)を少しづつ分けて持たされ、「あなたの歳は私の娘だけれど私にとってはお母さんね」とお礼を言って辞しました。
彼女の所には初めて持って行った「柿の種」をとても気に入ってくれましたが、やはり小さいお嬢さんは一緒に持って行った「麦チョコ」に手が伸びていました。 

7/28朝 キルティプルから 

 

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